『昔々、アナトリアで』 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督 その2

続いては『昔々、アナトリアで』についてのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督インタビュー邦訳です。30分に及ぶDVD特典のインタビューにオマケも加えて、かなり内容のあるものになっています。映画祭で観た方も、興味のある方もぜひご一読を(・∀・ 監督のカンヌへのコメントはちょっと衝撃的。

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本作の「その1(紹介・感想編)」はこちら。
http://planeta-cinema.at.webry.info/201207/article_4.html

本インタビューが収録されているuk版DVDはamazon.ukから購入できます

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――まず、技術的な面についてお聞きしたいと思います。夜の部分の撮影は困難なものだったと思うのですが、どのように『昔々、アナトリアで』は撮影されたのでしょうか。
 技術的なことについて言えば、本作は私の作品の中で最も挑戦的な映画でした。私たちの予想以上に、この映画は課題をもたらすことになったんです。前半部分は完全に、暗闇に包まれた草原の中で撮影されています。ですから、照明の問題が生じました。(夜のシーンに出てくるのは)車のヘッドライトしかありません。つまり、夜間のシーンは、三台の車のヘッドライトにだけ照らし出されているように見える必要があります。それからまた月の光も加えたいと思っていました。私たちは月光を利用することで、草原の長い稜線を見えるようにすることができました。これはとても難しいことでした。あれほど大きな風景の中で月光の効果を与えるためには、多くの光が必要でしたから。頭上に新しく惑星を作るようなものでしたね。通常はヘリウム風船が使用されますが、(照らすべき)空間のせいでそれでは不十分だったんです。私たちは、遠くからでも見えるくらい広い場所で撮影していたので、ある程度全体を照らせるくらいの月光が必要だったんです。照明が最大のチャレンジをもたらしたわけです。それから、車のヘッドライトは全体の計画の中で演出される必要がありました。

――前半の夜の部分については、個人的な疑問があります。それぞれのキャラクターが、精神的な雰囲気を反映して、違って仕方で顔を照らされているように感じられたんです。監督は、本作のために特別な照明の方法を見つけ出したのでしょうか。それは撮影中、ポスト・プロダクション中のどちらだったのでしょう。
 もちろん作品がプリントされるまで、私たちは作業をしています。キャラクターにより合っている照明にしようとか、彼らの精神状態をより詳細なものにしようとか、そういった作業を続けているんです。私たちは何回も車のヘッドライトをカメラに向けましたが、それは一つのエフェクトとしてです。私が試したことは少なからずリスキーでもありました。ヘッドライトが私たちの使える唯一の(照明)手段でしたから、できるかぎり活用しようとしたんです。なかなかに難しいことでしたが、私たちにとっては特別な経験になりました。

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――監督が挑戦したリスクは、観客に対しても大きな印象を与えていると思います。(監督と共同で脚本を執筆した)エルジャン・ケサルさんが言っていたのですが、脚本を執筆している段階では、監督は特定のキャストを思い描いているわけではないそうですね。監督が焦点を当てているのは、俳優ではなくて、キャラクターなのだと。それではどのようにして俳優を選択したのでしょう。
 キャスティングもまた私たちにとっては難しいものでした。まず、ほとんどの俳優が起用できなかったんです。映画は冬の間に撮影されましたが、多くの俳優がシリーズものに出演していたからです。何人かの俳優は、そうしたシリーズにも出演しながら、この映画に出演しています。しかし、その場合には、撮影できない日が生じてしまうので、さらに難しい事態になります。脚本を執筆している段階では、一人だけ決まった俳優を心に思い描いていました。それは、(容疑者のケナンを演じた)フィラット・タニスです。あのキャラクターは彼に演じて欲しいと思っていました。彼もシリーズものに出演していましたから、彼が来れるのは週に4,5日ほどでした。
 他の俳優については脚本を書き終えてから選びました。私とエルジャンは、キャスティングについてかなり働くことになりました。オーディションでは、エルジャンは俳優たちと一緒に演技をして、私はテスト撮影のためにカメラのうしろにいました。私たちは、当時出演が可能な俳優のほとんどを試してみたんです。気に入った俳優の多くを試してみましたが、やはりキャラクターにフィットしないということがありました。実際、私たちが招いたのは気に入った俳優たちだけでした。彼らは私たちを後悔させませんでした。
 私たちは難しい状況のもとで作業することになりました。冬の間、草原は本当に寒いのですが、彼らは十分な服を着ないで演技をしなくてはならなかったんです。クルーはみんなダウンジャケットを着こんでいたのにね。そういうわけで、俳優たちには快適に過ごしてもらえるように注意しました。草原で撮影をする場合には、自分たちであらゆるものを準備しておく必要があります。トイレ用のキャラバンまで必要になりますし、夕食もそうです。夜の草原の静けさの中で、私たちは小さな「ラスベガス」を組み立てるわけです。いつもトラックの長い列を見て「これが私のセット?」と思ったものです。これは予期していなかったことで、脚本を書いているときにはこうしたことになるとは感じていませんでした。

――監督は限られたクルーとキャストだけで仕事をしますね。私たちは「これがヌリ・ビルゲ・ジェイランの映画だ」と言えるでしょう。会話やたくさんのセリフがある作品です。セリフを与えること、その合間に沈黙を挿入すること……フィラット・タニスはこの(沈黙の)部分について賞賛に値しますね。これは監督にとっては特異な経験だったのでしょうか。
 そうですね。たくさんのセリフがあって、多くのキャラクターが会話をするというのは、私がこれまでにしてきたことではありません。ですが、いつも同じ仕方で撮影していたら飽きてしまうでしょう。「チェンジ」は「チャレンジ」になります。私たちはそのことに取り組んでいました。前半部分には15人ものキャラクターが出てきて、多くのシーンで彼らが一つのショットに入り込むことになります。一度に7,8人の俳優がうまく動かなくてはなりません。一人でも間違えれば、撮り直さなくてはなりません。本作は、何回もテイクが重ねられた映画です。というのも、いくつもの変化しやすい要因があったからです。私たちはしばしば夜明けに立ち止まりました。何回も撮り直しては、夜明けがきて撮影を止めなくてはならなかったんです。そういう風に撮影をしていました。

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――個人的なコメントをしてもよいでしょうか。『スリー・モンキーズ』の脚本チーム――つまり監督とエブル・ジェイランさん、エルジャン・ケサルさん――は、これまでとは違う映画の世界に踏み込んでいったように思います。そして、監督はこのチームでさらなる物語を語っていきたいと思っているのですか。
 それは神のみぞ知る、というところですね。私は二人と仲良くやっています。エルジャンはこの作品に大きな発展をもたらしてくれました。エブルは、よく全体のプロットをコントロールしてくれました。二人とも……この映画に関してはとくに『スリー・モンキーズ』への期待を超えていました。うまく機能しているなら、壊してはならないでしょう?分かりませんね、プロジェクトにもよると思いますし。

――観客のひとりとして、このチームを続けて欲しいと思います。『昔々、アナトリアで』はとても印象的な作品でした。物語は「昔々、アナトリアで……」と始まりますね。私たちは映画のなかで、まるで小説を読んでいるような気になります。そこで、小説との関連で質問をしたいのですが、観客は本作のチェーホフ的な特徴について考えると思います。チェーホフについて、そして本作の文学的な起源についてお聞きしたいのですが。
 エンド・クレジットの中で、私たちがいくつかチェーホフから引用していたことが分かると思います。私はいつも、気分に応じて、チェーホフの小説を持ち歩いているんです。この映画の中でも、私たちは彼の物語のいくつかを活用しました。チェーホフは、人生のあらゆる側面について書き残した作家です。私は彼の作品がとくに好きなんです。ロシア文学がいつも私に影響を与えていたことも伝えておかなければなりませんが。文学は……映画よりも私の映画製作に影響を与えたと思っています。ですが、翻案を作りたいとは思わないんです。(文学と映画の)性質はとても違っていますから。それでも私はいつも文学から有益なものを引き出しています。(文学は)ある情景を思い起こさせたり、雰囲気を感じさせてくれます。そういうわけで、私はなんらかの仕方で文学を活用していると言えるでしょう。私は文学の方が、映画よりもずっと強いものだと考えています。文学にはより長い歴史がありますし、よりイマジネーションに訴えかけるものがあります。文学の方が、人を変える可能性があります。

――雰囲気というものについて、もう少し教えてもらえますか。アナトリアは、監督が作中で言うように、「寂しくて美しいアナトリア」です。アナトリアを作品の中心に据えたこと、あの風景の中に作品を置いたこと……こうした選択の背後にはどんな感情があったのでしょう。
 この物語はアナトリアで展開する必要があったんです。この映画のもとになっている話は、ケスキンで起きた出来事でした。しかしケスキンで映画を撮影する必要はなかったので、エルジャンとエブルと三人で旅をして、ロケ地を探したんです(※本作は最終的にはケスキンで撮影されている)。カッパドキアを含め、たくさんの場所を訪れてみました。そして、ケスキンの草原の風景に驚かされました。小さな丘がこんな感じで……(仕草で説明)。
――そうした曲がりくねった道が、監督の気に入ったわけですね。
 そうです、そうです。岩の多いカッパドキアは、適切だとは思えませんでした。カッパドキアだけではなく、周囲のロケーションもそうです。それから別の問題もありました。泉がたくさんある場所というのがそんなに多くはなかったんです。実際の出来事が起きた地方には、たくさんの泉があるんです。それは、容疑者が泉と関わり合うことになるイメージをもたらしました。

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――ここからは映画についてもっとお聞きしたいと思います。いま犯罪についての言及がありました。犯罪や過ちを描くことは、監督にとって何か特別な意味があるのでしょうか。
 そうですね……そうした出来事というのは、人間の魂の奥深くへ進んでいく可能性を与えてくれます。それらの出来事によって、極限にまで追い込まれた不安定な状況を構築しやすくなり、キャラクターたちの様々な状態を見せる可能性が生じます。この作品は、犯罪そのものについての物語ではありません。犯罪は、登場人物たちを一つの場所へと集めさせる骨組みのようなものです。基盤ですね。私たちの関心のポイントは、人間の本性のある部分を見せることにありました。それは、普段の生活の中では見えず、特殊な場合にのみ見えるような本性です。

――登場人物たちは、検察官、人民委員、兵士、医者など権力のある男たちです。彼らにも、それぞれのストーリーがあります。作品のテーマについて、何を語ろうとしているのですか。
 これは官僚、役人の世界です。小さな街の役人を例にしましょうか、私はその世界に詳しいし、いつも興味を持っていました。私の父も役人だったんです。幼少時代、私はそうした役人たちの間にある争いをビクビクしながら眺めていました。父を悩ませていた細かな出来事をたくさん覚えていますよ。本当にたくさんあって、記憶に刻み込まれているんです。いつも私たちはそうしたことについて話したものです。あなたも覚えていますよ、私たちがニュルンベルクにいたとき、あなたとエルジャンと一緒にいて、小さな街の道徳について語りましたね。田舎の道徳は、いつも私たちの関心を引いてきたものです。それは、人間の本性の深いところへと導いてくれます。それを私たちはより分かりやすく見せなければなりません。階級や権力構造の中にある街の役人たちは……彼らは、街の住民たちから切り離されているところがあります。彼らが集まるクラブというのは、別の場所です。彼らは交流をしません。おそらく、それが生活をより困難にしているのでしょう。裁判官は、いつか必ず市民に判決を言い渡さなくてはなりません。しかし、彼らの間には大きな対立があるのです。権力闘争が、嘘をつきあい、他人を傷つけるような、権力闘争がね。こうした形式は、映画のベースにふさわしいものです。
 もちろん、メインストリームの映画のことを考えれば、こうした映画は観るのが大変な映画だということは分かっています。女性はほとんど出てきません。映画の撮影を行った場所は、普段から女性がいないところでした。夜のショットや、検死解剖などは……私たちは、そうしたシーンが観づらいものであること、商業的な成功をもたらさないだろうということも分かっていました。しかし、私は商業的なことを気にしたことはありませんし、これからも決しそう気にすることはないでしょう。私の映画は、多くの観客を呼び込むものではありませんでした。それがきっと、私を「自分がしたいことをする」という自由な気持ちにさせてくれるのでしょう。それは、映画の(上映時間の)長さについてもそうです。おそらく私は意図的に映画を長くしています。他の芸術にくらべて、映画は過大な要求にさらされています。作家は、薄い本だってこれくらいの本だって(指の幅を広げながら)書くことができます。しかし、映画産業は90分の映画を作るように強制してくるのです。たぶん私は、そうしたプレッシャーに抵抗したいと思っているのでしょう。観客を退屈させない映画を作ろうとはしていません。私はたぶん、映画の前半部分で、退屈した観客を振り落としてしまいたいと思っています。彼らは映画を観るのをやめることができます。何も問題はありません。

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――いまカンヌにいるわけですが、コンペティションについてもお聞きします。監督は何を期待しますか。噂もありますが……
 噂は気にしていませんが……もし現在の映画について語るとすれば、私は映画の世界からどんどん遠ざかっていると感じています。私は映画の進んでいる方向を心配しているんです。きっと年を取ったからでしょうね。何もかもが、観客の気を引くためだけになされていて……あらゆる戦略が、今ではクリエーターを誠実さから隔ててしまうリスクをはらんでいます。面白さのために、映画はリアリティや説得力から撤退してしまっています。だから、映画の行く末を心配してしまうのです。その意味ではまた、私は文学をうらやましく思っているとも言えますね。お金が基礎になっているという事実、多くの人が介入しているという事実は、映画監督に大きなプレッシャーをかけます。それは、監督たちの独立性や、彼らの自由な意志で行動するチャンスを破壊してしまいます。

――カンヌ映画祭のようなイベントは、そうした努力の名所のようにも思えます。今年のカンヌ映画祭についてはどう感じていますか。今年(2011年)はラース・フォン・トリアーの事件もありましたが……。
 カンヌはそれほど変わっていませが、私は変えようとしている人間の一人だと思います。私は年を取ってきて、寛容さがなくなってきました。そして、映画に関わることについては……私はシネフィルではありませんし、映画に関するすべてが好きだというわけでもありません。私の愛着は、他のところにあります。ですから……私には……(今回)起きたことについて、あなたは違った観点から見てみることができます。カンヌのような映画祭は、様々なバランスを考慮に入れなくてはなりません。
 こういう言い方をするとすれば……このような場所で私がこれ以上モチベーションを得ることはないでしょう。むしろ反対に、(モチベーションは)下がっていきます。私に映画を作るよう導いてくれた事柄は、ここにはありません。私は……。私は普通の、カジュアルな生活を好んでいます。撮影をしているとき、映画を作っているときの私の感情、何かを理解しようとすること、一つの世界を作り出そうとすること、そうしたことは私をより幸せにしてくれます。しかし、こうした(カンヌのような)イベントは、ゲームの一部です。そこには私の心に訴えてくるものが本当にありません。

――私たちは観客として、監督の作品を観るのが大好きです。二回ほど「年を取った」とおっしゃいましたが、私は同意しかねます。少なくとも、私たちは一緒に年を取っていくのです。『昔々、アナトリアで』は、私たちはまったく違う場所へと誘ってくれます。このような映画を見せてくれて感謝します。
 ありがとうございます。

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○オマケとして、短いですが内容が面白かったこちらのインタビューも訳してみました。
http://cineuropa.org/2011/it.aspx?t=interview&l=en&did=204434

――監督は、この映画に出てくるような田舎で生まれ育ちました。本作での描写は、少年時代の記憶に基づいているのでしょうか。
 そうした地域で暮らす人々のことを私はよく知っています。というのも、私の父も小さな街の役人で、そうした人々の一人だったからです。そして、メインキャラクターの二人のように、彼らの生活には葛藤があります。彼らは地域のコミュニティから切り離されています。というのも、たとえばあなたが裁判官だとして、すでに良く知っている人間に対して客観的になるのは困難なことです。それで彼らは自分たちの中だけで交際をしますが、それは誰もが他人を排除するような権力闘争を生み出します。
 しかし、この作品が私の思い出に基づいているわけではありません。そうではなくて、脚本の共同執筆者がそうだったのです。彼は医者なのですが、トルコでは医者の免許を取得するときには、最低でも二年間はアナトリアの遠隔地で働くことが要求されます、彼はこの映画で描かれる街で働いていて、この作品の物語とまったく同じ経験をしたのでした。つまり、殺人が起こり、その遺体を一晩中探し続けた経験をね。

――彼はその出来事をよく覚えていたのですか。
 いいえ。彼は、どうして殺人が起きたのかとか、正確にはどこに遺体が埋められていたのかということは忘れていました。しかし、そのときの「空気感」を覚えていたんです。誰かの覚えていることだけで脚本ができるということは普通ありませんから、脚本の執筆中には、私たちは多くの要素を変更しました。そして一度完成してからも、チェーホフの作品から引用しながら、書き直しもしました。

――本作は、ユーモアに富んだ会話がたくさんある、フィルム・ノワールのバリエーションの一つのように感じられます。
 この映画がフィルム・ノワールなのかは分りません。私たちは、できるかぎりリアリティがあるように試みただけです。私たちは面白いものにしようとしたわけでもありませんが、ときに現実の生活はとても面白いものです。

――『昔々、アナトリアで(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アナトリア)』というタイトルは、(セルジオ・レオーネの)西部劇をほのめかします。
 このタイトルは、本当にあった話で、車の運転手が実際に言った言葉から引用しています。それから私はセルジオ・レオーネが好きですが、この作品の中には彼に関する言及は一つもありません。おそらくこの作品はトルコの西部劇なのかもしれません、ですが私はそれについて考えたことはないんです。

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――映画は、メイン・キャラクターがとても曖昧な決断をくだして終わります。何が彼をそうさせたのでしょう。
 それについては、少なくとも5つの理由が挙げられますが、言うのはやめておきましょう。私はそこに、注意深く5つの理由を置いたのですが、みなさんは自分自身の想像力を使う必要があります。いずれにしても、人生はそういう仕方で動くものです。情報を得て、詳細を収集し、そして正しい結論を推測するために想像力を働かせなくてはなりません。

――リアリティのあるアプローチをしようと努めたとおっしゃっていましたが、遺体の捜索中に殺人犯が生きている被害者を見たり、その後では、街の中を彼の幽霊が歩いていたという会話まで出てきますね。
 殺人犯が被害者を見たというのは、夢の中でことなのです。そして夢というのは人生の一部であり、リアルな要素です。街の人間が幽霊について語ることについても、殺人が起きたあとでは、小さな街ではいつもそんな話があるものです。それもまたリアリティの一部なんです、たとえ小さな街のリアリティだとしてもね。彼らは神秘的な発想が大好きだし、いつもそうした話をしています。私は実際こうした調子で多くのシーンを撮影をしているのですが、そのままだと映画が長くなってしまうんです。

――映画にはたくさんの会話――そのほとんどは世間話、おしゃべりです――がありますね。それで、監督は彼らが何を言うべきかについて深く考えたのではないかと思ったのですが。
 その通りです。小さな街の人々は、私にとってとても特徴のある人たちなんです。彼らは人生の違った一面を見せてくれますし、誰もが彼らからたくさんのことを学ぶでしょう。街でしか生活したことがないという人は、人生のなかで何かを見逃していると思いますね。

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この記事へのコメント

いちご
2012年11月29日 08:39
ようやくこの映画を観ました。ブログをアップデートしましたので、お暇な時にお寄り下さい。
ina
2012年11月29日 21:30
コメントありがとうございますm(_ _ )m
ブログの記事の方にコメントを残させてもらいました。
PineWood
2015年10月04日 01:20
冒頭の三台の車が向かって来る夜景の大地シーンから引き込まれます。停電の中の村長の娘が蝋燭の自然光線で浮かび上がるシーンの息を呑む美しさ。ブレッソン監督の(白夜)の女性の背中の美しさを思い出しました。大地に根付いたアッパド・キアロスタミ 監督のタッチもあるし、特にクラーク・ゲーブル髭の男のナルシストも笑わせられました 。前半では、容疑者の悲しそうな表情が印象に残り、彼がこの事件の犯人かどうかは後半の展開と関わってくるのですが、映画(スリーモンキーズ)のような政治的な寓話が秘められてもいる様ですね!

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