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zoom RSS 『Vincere/愛の勝利を』 マルコ・ベロッキオ監督 その2

<<   作成日時 : 2010/04/30 14:03   >>

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『愛の勝利を』についての、マルコ・ベロッキオ監督インタビュー邦訳です。なかなか核心的なインタビューですが、ちょっと量が少なめです(´∀`; というわけで、オマケに映画祭でのQ&Aの内容も少々。ネタバレはありませんが、映画祭で観る予定の方は鑑賞してからの方がいいかも・・・?

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なお、本作の「その1(紹介・感想編)」はこちら、
http://planeta-cinema.at.webry.info/201004/article_7.html
インタビュー原文はこちらからどうぞ。
http://cineuropa.org/interview.aspx?lang=en&documentID=108715

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――監督は本作を説明するために、「未来派のメロドラマ」という言葉を使いました。
 この二つは明らかに矛盾しています。これらは、映画における時期を特徴づけているのです。映画の後半で若きムッソリーニが独裁者へと変貌するときに、私たちは未来派を離れてメロドラマ的な部分へと移行します。メロドラマとは、事実イタリアの文化的な伝統ですが、長年にわたって不当に無視され、あざけられてきました。一方で未来派は、ファシズムと同盟関係を結ぶという過ちを犯しましたが、実際に素晴らしい作品を生み出しました。その多くは造形芸術で、とりわけウンベルト・ボッチョーニやジャコモ・バッラ、カルロ・カッラらによるものです。

――監督は、未来派の映像や図画とともに、Corrado D'Erricoの年代物のドキュメンタリー――たとえば『STRAMILANO』(※オープニングで使用されている。)――を用いています。
 私は、新たなスタイルを規定することになるであろう、ストック・フッテージ(資料映像)と新しい映像の融合を目指していました。そこにはリスキーな決断も、私は後悔していませんが、含まれていました。たとえば、いま物語がどの時期まで進んでいるのかを簡単に分かるようにするために、俳優が演じていた若い頃のムッソリーニを、独裁者になってからは実際の映像で表現するようにしたことが挙げられます。




――現実にも、ムッソリーニはしばしば映画を用いて彼のイメージを構築していました。
 彼は、新聞や芸術、映画、写真、映画ニュース、そしてラジオを用いて、権力を強固なものにするために自分自身のイメージを利用した最初の政治家でしょう。ムッソリーニはこれらすべてを制御して、事実をたくみに利用したのです。

――この恋人から捨てられた女性を、イタリアという国のメタファーとして見ることができると思います。裏切られるためだけに、ムッソリーニと恋に落ちたという。
 そうですね、今日からすれば、狂っていたと言うのもためらわれないほどの状態にイタリアはなっていたように思われます。しかし、当時のイタリアは日和見主義的で偽善的だったのです。ムッソリーニにとって、権力とは理想でした。彼は私財を蓄えるために、権力を使うことはしませんでした。彼は本当に「新たなファシスト」になろうと欲していたのです。そうして、何か明らかに病的なものが彼の思考を占めるようになり、疑いもなく自殺行為同然の決定を下すようになったのです。帝国を建設しようとか、ユダヤ人を差別する法を制定しようとか、とりわけ最悪の決断、つまり戦争をしようなどとね。

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――彼はイタリアの現首相(ベルルスコーニ)と比較されてきました。
 メディアの利用法が危惧されている限りにおいては類似点がありますが、歴史的観点からみれば、彼らには非常に異なる二人の人物です。確かにベルルスコーニの利害をめぐっての衝突は、左翼が自らの利点を使用できなかった強力な武器でした。一方で、ベルルスコーニの妻が離婚訴訟を起こしたことは、まったく比較になりません。イーダ・ダルセルは精神病院で死にました。彼女はさげすまれ、恥をかかされ、屈辱を与えられました。精神病院は、ファシスト体制によって弾圧の手段として用いられていました。いかなるトラブルメーカーであっても、精神病棟で息を引き取ったのです。今日では、そのリスクは正反対になりました。メディアが興味を失ったら、ただその人は消えるだけなのですから。

――イーダ・ダルセルは確かに「トラブルメーカー」ですね。
 私は彼女をあるドキュメンタリーを通じて知りました。Fabrizio LaurentiとGianfranco Norelliの『Il segreto di Mussolini(※「ムッソリーニの秘密」の意)』という作品で、Marco ZeniとAlfredo Pieroniによる書籍版も出ています。彼女はエネルギーに満ちあふれ、一生涯、世界と戦い続けました。彼女は国民行事に姿を現し、権威ある人々に手紙を書き、(精神病院に)閉じ込められたときには、何度か逃亡しようと試みもしました。彼女のこうした性格のために、私は『アンティゴネー』や『メディア』(※どちらもギリシア悲劇)から発想を得ました。というのは、自らの行動のせいで、この女性は自分の息子を傷つけたからです。彼女は息子を守らなかったし、悪意から彼をかばいもしませんでした。

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◎オマケ イタリア映画祭でのQ&Aの内容
※管理人はメモを取っていないので、記憶に残っている限りの内容をまとめておきます。

――ムッソリーニが決闘している場面があったが、当時本当にあったのか。
 当時はまだ決闘という習慣が残っていて、実際にムッソリーニは社会主義者だった頃に敵対する人間たちと何度か決闘をしている。それも『母の微笑』での決闘とは違って、彼のした決闘は本当に殺しあうようなものだった。映画でも、決闘によってムッソリーニが怪我をしている描写がある。

――タイトルに『Vincere』を選んだ理由
 作品中でも現実のムッソリーニが、演説で「Vincere!(勝利を!)」と言っているが、これは当時のファシストによってよく使われたスローガンの一つ。また、「Vincere」という文字自体に力があったことも理由だとか。
 
――『勝利を』というタイトルや、ファシズム、戦争など男性的な時代を切り取ったことについて
 現実だけを見れば、一見ムッソリーニが勝者で、イーダは敗北したように見える。しかし、ムッソリーニは最終的には敗北したのである(彼は処刑された)。(戦い続けたイーダこそ勝者ということ?)

――アレッサンドラ・ムッソリーニは何か言ってきたか(会場爆笑)
 映画が完成する前に、なにかあまり上品でないことを言っていたらしいが、完成したあとにはまだ何も言われていない。それはおそらく、いくらかの想像を含むとはいえ、本作が事実を基にしているから、何も言うことがないのではないか。

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Q&Aでの内容に間違いや補う点がありましたら、あるいは
誤訳などを発見されましたら、コメント欄・メールにてご指摘ください。

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