『サタンタンゴ』 タル・ベーラ監督 その2

『サタンタンゴ』に関するタル・ベーラ監督のインタビュー邦訳です。量はそれほど多くないですが、個人的にはとても興味深いものでした(・∀・ 鍵を握るキャラクター「イリミアーシュ」という名の意味、長回しを用いる理由、そして監督の限界など、気になる方はぜひチェックして下さい。

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なお、本作の「その1(紹介・感想編)」はこちらからどうぞ。
http://planeta-cinema.at.webry.info/201108/article_6.html

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はじめにこのインタビューの全訳です。

――監督は十代から映画を作り始め、最初の長編を20代のはじめに制作しています。このようなチャンスをどのようにして得たのですか。
 私は映画監督になろうと思っていたわけではありません。哲学者になりたかったんです。この世界で私に与えられた役割とは、世界を変えることだと思っていました。映画製作がそれについて何らかのことをなすと考えたのでした。ロシア製の手巻き式の8ミリカメラを持って、アパートから立ち退く労働者の家族についての8ミリ映画を製作しました。そうしたアマチュア映画を制作していたので、哲学を勉強することはできなくなってしまいました。だから、映画を作らなくてはいけなかった。私はベラ・バラージュのスタジオに行きました。そこは当時非常に開放的な場所で、アイディアを持っている人は誰でもいくらかの製作資金をもらえたのです。そのアイディアがただ道を歩くだけのものであってもですよ。とはいえ彼らがくれたのはとてもわずかな資金でしたから、最初の作品は5日間で撮らなくてはなりませんでした。それが『Family Nest』という作品です。振る舞い方には2通りあります。ドアを蹴って入っていくのか、礼儀正しくノックをするのかのどちらかです。私は蹴って入ることを望みました。はじめの2作品は、意図的に生の、加工されていないものになっていて、プロの俳優を起用してもいません。それは反-映画を作るという私の要素における意識的な選択でした。手持ちカメラを用いて、ドキュメンタリーのような外見にしたかったんです。

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――『サタンタンゴ』の製作にこれほど時間がかかってしまった理由はなんでしょうか。映画の長さのためなのか、ハンガリーの政治的変化のためなのか、あるいは共同製作者を探すのが困難だったのでしょうか。
 政治的な状況が変化するまでは、映画に取り掛かることすらできなかったのです。『Damnation』を製作したあとハンガリーを離れ、一年以上にわたってベルリンに住んでいましたが、そこでベルリンの壁の崩壊を目にしました。ハンガリーではすべてがきわめて不確かだったので、私はベルリンで二人のプロデューサーと知り合い、彼らが『サタンタンゴ』のプロデューサーになってくれました。こうして共同製作が決まったのです。

――ハンガリーを離れたのは、『Damnation』への否定的反応が理由なのでしょうか。それとも、監督にとっては住めない、耐えられない状況だったからなのでしょうか。
 ハンガリーでは、それ以上映画を取るチャンスがありませんでした。私はベルリンで教鞭をとる許可を得られて本当に幸運だったのです。それが逃げ道となりました。政府は率直に、私には資金を与えないと言ってきました。明らかなことですが、私は政府を批判する映画を作ってきました。ですから、どうして政府からの資金援助を期待するでしょう。自分に唾を吐きかけるような映画のために資金援助するなんて愚か者のすることです。東欧での映画製作には暗黙の了解が存在していましたが、誰もその敷居を超えようとはしなかったのです。

――ドイツとスイスから共同製作資金を得る中で、キャストの半分をドイツ人にしろとか、スイスで撮影しろとか、テレビ映画のようなものにしろというような要求をしない人々を探すのは困難ではなかったですか。
 制限事項は何もありませんでしたね。私は本当に、本当に幸運でした。ドイツとスイス両方のプロデューサーが、自由な監督権を与えてくれました。ただスイスのテレビ局がこの映画に出資してくれていたのですが、プロデューサーにその資金を返すように要求してきたことはありました。彼らはこの映画を放送することはできないと考えたのです。スイスは勇気ある土地ではありませんが、スイス人のプロデューサーは勇敢な人でした。彼女がいなければ、スイスにいるすべての人を疑っていたでしょう。キャスト中唯一のドイツ人は、医者の役を演じたピーター・ベルリングです。彼はファスビンダーの初期作品のいくつかをプロデュースしたことがあり、後期作品では出演もしていますし、ヘルツォークの作品にも出演していました。

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――とくに『サタンタンゴ』と『Damnation』ですが、監督の作品のキャラクターたちは、象徴や奇跡、終末などに重点を置いたとても憂鬱な種類のキリスト教を信仰しているように思われます。そして映画は、そのような信念体系を批判しつつ、しかしまたそれらの性質を帯びてもいます。この2つの両極端の間には緊張関係があると考えているのでしょうか。
 私が作ってきた映画のどれもが問うのは、「彼は何を信じているのか?」ということです。私のどの作品の中にも、信仰や信念と利害関心との結合を見出すでしょう。しかし、どの信仰も錯覚に基づいているものだと明らかにされます。そのとき信仰は薄く広がっていき、消滅してしまうのです。『サタンタンゴ』では、イリミアーシュ―この名前は「エレミヤ」(※旧約聖書に出てくる預言者の一人)を意味します―は救世主(メシア)なのです。すべての救世主は大抵の場合、平凡なスパイにすぎません。定まった不変の救世主を持つ国家は幸運なのでしょうが、私はそのような国家を地球上では知りません…まだ月に行ったことはないですがね。

――『サタンタンゴ』には、ストーリーよりもはるかに映像を強調するような場面があります。逆もまた同様なのですが、映像と物語との間にある緊張を熟慮しているのですか。
 それらが別々のものだとは思っていません。物語はつねに映像の一部であるからです。私のボキャブラリーの中では、「ストーリー」という言葉は、アメリカ映画の言語における「ストーリー」と同じものを意味しません。(監督の「ストーリー」という言葉の中には)人間の物語、自然の物語、すべての種類の物語があるのです。重要なものを強調することの中に問いは存在するのです。毎日の生活の中にも、とても大切な断片があります。たとえば『Damnation』では、物語を置き去りにして、ビールジョッキにクローズアップします。しかし私にとっては、それもまた重要な物語なのです。私が「ものごとを宇宙的な次元から見るように努めている」と言うときに意味しているのはこういうことです。映画を完全に物語によって記述することができるなら、私は映画を作りたいと思わないでしょう。映画が(物語の語り口の)直線性という足かせから自由になる時なのです。映画は直線的に語られなければならないとだれもが考えているならば、私は狂ってしまうでしょう。

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以下は、このインタビューから『サタンタンゴ』に関する部分の抜粋です。

――(『サタンタンゴ』の上映時間が7時間に及ぶことに関連して)物語を語る手段として、なぜ監督はロング・テイクを用いるのですか。
 ご存知のように、継続性が好きなんです。というのも、観客が特別な緊張感を抱くことができるからね。その方が、短いテイクばかりの映画よりもずっと集中させられることになります。それから私はものごとを組み立てていくのが好きだし、どうしたら誰かの意見を私たちが変えられるのかを考えたり、場面を想像するのも好きなんです。お気づきかもしれませんが、これらのショットにおいてはあらゆる動きが暗示をしているのです。それは演劇に似ています。そして、どうすれば何かを、人生について何かを語ることができるのか…なぜなら、映画を現実の心のプロセスとすることは大切なことだからですが…
――監督は映画に対して旅のようなものであることを望まれていて、ロング・テイクがまさにそれを実行している…
 そう、その通りです。

――奥さんであるAgnes Hranitzkyさんとの共同作業について話していただけますか。
 私たちはもう22年近く一緒に仕事をしています。彼女は編集を担当していますが、私たちの映画にカットはないんですが(笑)。『ヴェルクマイスター・ハーモニ』は39テイク、『サタンタンゴ』はおよそ150テイクほどです。撮影中のカッティングに関するすべてを私たちが決定しています。彼女はいつも撮影現場にいて、ビデオモニターからすべてを見ています。彼女はシーンのリズムをチェックし、二つのシーンが互いにどのように作用しあうのかを確認しているのです。
(奥さんが監督を止めて)…ああ、そうでした。彼女が思い出させてくれましたが、18年前にハンガリーのテレビ用に撮った『マクベス』は2テイクしかなかったんです(笑)。

――(『ヴェルクマイスター・ハーモニー』で)1番長いテイクは?
 最初のバーのテイクで、10分20秒あります。そこまで撮って、カメラがフィルムを使い果たしてしまったんです。コダックは300m以上のフィルムを作れないようですが、300mのフィルムで約11分撮影できます。
――つまり、それが監督の唯一の限界なわけですね…
 そうなんです(笑)これが私の限界なのです、この××××コダックめ(笑)。時間制限、ある種の検閲のようなものですね。

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この記事へのコメント

通りすがりです。
2019年09月17日 16:29
昨日、本作を観て参りました。50代女性です。

監督の本作に込める思いなどを探していたところ、こちらのページに辿り着きました。
当時の貴重なインタビューを訳して下さってありがとうございます。

その1も興味深く拝読しました。
私の印象に残ったシーンは酒場。
チーズロールをおでこに付けたドクターが画面の左右を突っ切る姿にやられました。

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