『ポケットの中の握り拳』 マルコ・ベロッキオ監督 その1

今更ですが、明けましておめでとうございます。さてさて、とても久しぶりの更新になってしまいました(・∀・; 今回はマルコ・ベロッキオ監督のデビュー作にして、衝撃的な傑作として知られる『ポケットの中の握り拳』を取り上げます。いやはや、すごい作品でした。

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『ポケットの中の握り拳』(1965)
原題『I pugni in tasca』
英題『Fists in the Pocket』
監督/脚本 マルコ・ベロッキオ
出演 ルー・カステル……アレッサンドロ
製作 イタリア・フランス
受賞歴 1965年ロカルノ国際映画祭 銀の帆賞

◎あらすじ
 アレッサンドロは職に就くこともなく、家族への不満を溜めこみながら暮らしている。家族の面倒を一人で見ている兄アウグストだけが頼りになる存在であり、盲目の母や、アウグストに愛情を抱く妹ジュリア、知的障害を持つ弟レオーネに対して苛立ちを隠せない。
ある日アレッサンドロは、家族を車に乗せて父親の墓参りに行くが……。

◎感想
 というわけで、新年最初にして二カ月ぶりの更新になりますが、マルコ・ベロッキオ監督のデビュー作『ポケットの中の握り拳』を取り上げます。どうやら本作は日本でも劇場公開されたことがあるようなのですが、ソフト化はされておらず、いま観るには海外版DVDを買うしかないようです。ずっと観たいと思っていた作品の一つなのですが、評判通りデビュー作とは思えないすごい作品でした。

 本作は「機能不全に陥った」ある家族を描いた作品です。中心となる人物は次男のアレッサンドロ。アレッサンドロは職に就いておらず、いつも気ままに生活しています。どうやらてんかん持ちのようで、家族に対しては強い不満を抱いている。そんな苛立ちの対象となるのが盲目の母、兄を愛してしまっている妹ジュリア、そして知的障害を持つ弟レオーネです。青春期特有のものかは分りませんが、彼の苛立ちが本作の重要な要素になっています。

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 この家族のために働いているのが長男のアウグスト。彼には婚約者がいて、結婚して街で生活したいと考えているのですが、経済的理由、あるいはこの家族の面倒を見なければならないといった理由から実行できずにいます。この人だけが本作に出てくる唯一の普通な人。

 さて、本作は一つの衝撃的な出来事を境にして前半と後半に分けられると思います。まず前半で描かれるのは、この一家がどれほど家族としてうまくいっていないのかということ。兄を愛するあまり婚約者に脅迫状を送りつけるジュリア、盲目の母を小馬鹿にするアレッサンドロの態度、食事中のケンカなどなど……観ていると不快というか憂鬱になるというか(・∀・; この点は、本作のテーマとも関わる部分でしょう。

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 そんな「仲が悪い」というよりも「仲がない」一家でしたが、ある日アレッサンドロが、自分が車を運転するから父親のお墓参りに行こうと言いだします。この辺りから徐々に雲行きが怪しくなっていくのですが……。

 そして中盤、衝撃的な出来事が起こります。古い映画なので描写自体はチープですが、出来事としては本当にショッキングでした(DVD付録のインタビューによると、あのルイス・ブニュエルでさえ批判したとか)。そこから作品は後半に突入、家族に苛立つ男・アレッサンドロが暴走していきます。
 この後の展開は本当にすさまじく、内容を知らずに観た方が絶対に驚きが強いと思うので(笑)、このあたりで物語を追うのは止めましょう。それでは、本作『ポケットの中の握り拳』は何を表現しようとしているのでしょうか。

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 まず何と言っても印象に残るのは、アレッサンドロの家族に対する苛立ち、そしてこの一家が明らかに家族としては正常に機能していないということです。長男こそ家族のために働いているものの、アレッサンドロやジュリアは働いておらず、ただ家の中でケンカしているだけ(・∀・; 盲目の母や知的障害を持つ弟は、「家族の一員」ではなく「家族の負担」としてのみ描かれます。つまり、この家族には、家族愛がない!

 そこから一つ言えるのは、本作は、どんどん冷淡になり機能不全に陥っていく現代の家族を描こうとしているのではないかということ。この「機能不全」というのは、DVDのパッケージに書いてあるあらすじに使われている言葉ですが、確かにその通りだと思います。反抗期はいつの時代の子供にもあるものだと思いますが、アレッサンドロが家族に対して抱える不満や苛立ちは、あまりに強すぎるものだと感じました。

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 そしてまた、本作を観ながら管理人が何回も感じたのは、「ここには神も良心もない」ということ。イタリアと言えばやはりカトリックの信仰が強い国ですから、映画のなかでもそれが反映されることはよくあります。しかし本作には神を信じ、正しい振舞いをしようという人が出てこない。盲目の母だけは信仰心を持っていそうですが、それ以外の登場人物は……。後半のアレッサンドロの行動は、神を信じない人間が取りうる行動の極致です。この点で、ベロッキオ監督が以後も追求しつづけるテーマがデビュー作ですでに示されていると言えるでしょう。

 とはいえ、信仰がなくとも、人間には良心があるはず。神を信じていない人でも、困っている人を助けたり、誰かを傷つけることはダメだと感じるのでは……こんな考えを嘲笑するかのように、映画はラストシーンへと向かっていきます。神も良心も、それから家族愛もなく、現代人はアレッサンドロのように生きていくのだろうか。本作においてベロッキオ監督は、孤独な現代人の行く末を冷徹に暗示しているように思いました。

 脚本と、主人公アレッサンドロを演じるルー・カステルの演技が強烈な余韻を残す作品。観ていて楽しい映画ではないですが(本当に鬱屈とした気分になりました:笑)、一度観たら忘れられないスゴイ作品だと思います。DVDはアメリカ版が出ています。クライテリオン版だけあって画質もよく、特典等も充実しているので、興味のある方はぜひ(・∀・

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本作の監督インタビューを和訳した「その2」はこちら!
http://planeta-cinema.at.webry.info/201302/article_2.html

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この記事へのコメント

通リすがリ
2019年11月28日 08:42
今しがた観ました、とんでもない糞映画ですね、コレ。
マルコ・ベロッキオ?まだこの第一作しか見ていないが、イタリアではこんな奴が長年に渡って映画を撮ってきたのかと思うとぞっとする。まず内容の前に、この映画は始まってからずっと訳の分からない描写が続く。そして人間関係、状況説明を蔑ろにしたままで話が進んでいく。これは演出家としては下の下だろう。結局ルチアって誰だったんだ?この冒頭部分で、近年の糞映画であるロブスターを思い出しました。あれも世にも奇妙みたいな話のくせに碌に状況を説明しないで、したり顔で不快描写を繰り出し続けるので、頭を後ろからどつきたくなりましたね。

実際に盲者(身体障碍者)や、知的障碍者が、家族にいる人たちがこの映画を見たら、どんな感想を抱くのか。物語、描写が不快であるという以前に、違和感を抱くのではないでしょうか。結局あんな行動をとる人間は家族や自分の不運などは関係なく、ただ堕ちる悪人であり異常者なだけ。物語も状況設定も本当は何の意味も持ってはいない。これは障碍を持つ者の実際の苦労といったものを知らない人間が、浅薄な見識で拵えた悲劇であり、悪辣極まる阿呆の排泄物とでも評したい。

本当の文学物語、本当の芸術映画は、人を描き、その苦悩を描くもの。ここには本物の人間はおらず、したがって本物の苦悩も存在しない。この映画は虚しい張りぼて、偽物だ。

こんなモノを芸術映画として擁護する輩がいるのかと思うと情けなくなってくる。そして、どうやら日本映画評論界の権威である、元東大総長もこれをベストに入れているようで。やはり、あれは知識の夥多を笠に着たただのオタクでしかなく、本物を見抜く力が具わっている訳ではないのだと、匿名の放言であり何の価値も信憑性もないが、あえてここに付記させていただく。

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